三枝伸太郎 小田朋美

デュオアルバムについてのオフィシャルインタビュー


異色のヴォーカルとピアノのデュオ、三枝伸太郎(みえだ・しんたろう)と小田朋美(おだ・ともみ)によるアルバム『わたしが一番きれいだったとき:When I was young and so beautiful』が2018年3月21日に発売された。

菊地成孔の関連作、cero、CRCK/LCKSなどでキーボーディスト、ヴォーカリストとしても活躍する小田朋美。そして、小松亮太や喜多直毅のバンドでのピアニストや、坂東玉三郎のシャンソンアルバムで音楽監督を務めたりと多岐に渡って活動する三枝伸太郎。ふたりの共通点は、音楽大学の作曲科出身で、様々なジャンルの音楽に携わり、作編曲だけでなく演奏家としても第一線にいることだろう。

このインタビューでは、そんな才能あふれる二者が手を組んで発表したデュオ・アルバムについて、制作に至った経緯や、何かのジャンルにカテゴライズしづらい独自の魅力、更にはライナーノーツの代わりとなるべく、アルバムに収録された全ての楽曲についても話をうかがった。聞き手は、三枝と同じ大学の作曲科の後輩でもある音楽ライターの小室敬幸だ。


Long version

▼生い立ち

――おふたりとも音楽大学の作曲科を卒業されておりますが、いわゆる現代音楽の道には進みませんでしたよね。ジャンルレスに演奏活動と作編曲を両立するに至ったのは何故なのでしょう?

三枝:ちっちゃい頃からピアノをずっとやっていたんですけど、作曲の勉強を始めたのは高校に入ってからぐらいなんです。大学にいた時も周りの同級生に比べて勉強が遅れているなという意識があって。ただ大学にいる間は一生懸命やってみようと思って、現代音楽だったりとか電子音楽とかもトライしていたんです。だけどそこで得たものもありつつ、ピアノ弾いているということが自分としてはナチュラルでいられるなと気付いたんですよ。

とはいえ作曲も勉強したので、その2つが地続きで繋がっているような感じで仕事をしたり生活をしていけると自分としてはストレスがないなと。自分がそういう風に思っていると、やっぱりお仕事もそういうものが中心になってきて。ピアノも弾くし、譜面も書く……みたいな現場が多くなってくるという感じでした。

――三枝さんと同じ大学の同じ科にいた後輩の私からすると、学内の作曲賞を獲ったりしていた三枝さんは優秀なエリートというイメージがあったので「勉強が遅れている」という意識があったというのはとても意外でした。

小田:三枝さんはエリートだったんだ(笑)。

三枝:いやいや(笑)。たしかに当時書いていた曲は現代音楽という括りの中にあるんでしょうけど、いま思うとエスペランサ(三枝伸太郎 Orquesta de la Esperanza)でやっていることとあまり変わってない。考えていることがほとんど変わらないので、そういう意味では繋がってるのかなと。

いわゆる現代音楽の場合は音の選び方だったりとか、その作法みたいなものを取り入れるというか、そういう勉強を学生の時はしていたわけですけれども。エスペランサや今回のアルバムも、ある特定のバイアスをなるべくかけないように、自分の思っていることをなるべく素直に出す。そういう意識の違いはありますね。

――今度は、小田さんがジャンルレスに演奏活動と作編曲を両立するようになったいきさつを聞かせてください。そもそも、なぜ藝大に入られたのでしょう?

小田:ちっちゃい頃から藝大に行きたかったんですよ。おばが美術のほうで藝大に行ってたので美術も音楽もある大学があると知って、それはすごい良いなと。音楽を勉強したいっていう気持ちはあったんですけど、美術と両方ある藝大がとにかく魅力的で。小学生の時に、たまたま上野のつつじまつりかなんかに行って藝大の門で「イエーイ」ってやってる写真が見つかったりして(笑)。こんなちっちゃい時から意識してたんだなあと。

――なんだか微笑ましいですね(笑)。作曲を専攻したのはどうしてだったんですか?

小田:なんだかんだで「ピアノ」が好きだったり、「歌」が好きだったり、「作曲」も好きだったり……バランスはその時その時で変わっているんですけど、自分の中でずっと続いていて。でもクラシカルな音楽を勉強するっていうときに声楽家に行くっていうのもちょっと違うし、ピアノ科に行くっていうほど練習も好きではないし……だから若干、消極的に作曲科へ……。作曲に失礼なんですけど、でも作曲が一番素晴らしい仕事だとも子どもの頃から思っていたんですよ。「作曲家という仕事が一番偉い!」っていう感じがあって。

――分かります。少なくともクラシックの世界では、その価値観が強くありますよね。

小田:演奏家の名前って子どもの頃はあんまり知らないじゃないですか。一番目にするのが作曲家で、バッハとかショパンとか。「作曲家って死んでもこんなに名前が残っていてすごいなぁ」っていう気持ちがあって、一番最初に作曲家に憧れたんです。

でも作曲科に入ったら入ったで、自分は楽譜に執着する人間じゃないなと。それこそ作曲科の周りの人達とかをみると、楽譜を書くのがすごい好きだったり没頭したりする人が多い中で、そういう形で楽譜だけに向き合っていくっていうのが自分は難しいなって思ったんです。そこらへんは先ほど三枝さんもおっしゃっていたことと通じますね。自分で歌ったり、ピアノを演奏したり、ということを含めた活動をやりたいと漠然と思っていたので、自然な形でいまの仕事に近づいたっていうところがあります。

――学生時代に他大学の作曲科の方々と合同で作品発表会をやられていたことがありましたよね。実は、私が最初に小田さんの存在を認識したのはそのときなんです。すごくふわっとした不思議な音楽を書かれていたと記憶しているのですが。

小田:その時はちょっと学生ながらにコンセプチュアルなことに凝っている時で、楽譜に書くっていう作曲もやってたんですけど、鳥籠の中に色んなものをいれて、「これを楽譜だと思え」と言って演奏させたりとか(笑)。今から思うと若いというか、そんなことをやってたりもしてた時でしたね。

藝大もそうだけど、大学によって「色」ってあるじゃないですか。わたし芸大にいったときに(作曲科教授の)尾高(惇忠)先生に、「君はなんか色々自由にやりたい感じがするから、もしかしたら(国立の藝大ではなく)私大の方が良かったかもしれないね」って言われたりして(笑)。先生はすごい好きにやらせてくれて、面白いと思うんだったら何をやっても良いよみたいな感じでした。先生には本当に面白いと思っていることをやるべきだっていう姿勢を教えてもらいましたね。

▼出会い

――そんなおふたりは、どういうきっかけで共演するようになったのでしょう?

三枝:小田さんのファーストアルバム『シャーマン狩り』が出たときに、渋谷のSARAVAH東京でやったレコ発ライヴを観に行ったんです。友人のヴァイオリニスト吉田篤貴くんが弦のトップをやってたんで、紹介してよってお願いしたのが出会いですね。

そのあと、いつかお仕事頼みたいなとは思っていて、映画『忘れないと誓ったぼくがいた』(2015年3月28日公開)のサントラを録音したときに、是非歌ってほしいと思ってお願いしたんです。

小田:それが最初だったんですねぇ。

三枝:多分。

――(笑)。そのサントラの収録は、どんな感じだったんですか?

三枝:その時は、深夜に0時から5時まで吉祥寺のスタジオに来てもらって……

小田:深夜だったね!そうだ、そうだ。

三枝:そのスタジオはスタジオの中にビールサーバーがあるんですよ。朝ビール呑んで、帰る人は帰り、仕事に行く人は仕事にいくみたいな(笑)。

録音したけど映画の中では使われてないものもあるんですが、結構歌ってもらって。それが、あまりにもすごくよく録れて、映画の関係者にも音楽の評判がすごく良かった。そこで、僕がやってるバンドの録音をとるっていうときにも、アルバムのコンセプトにもかなり合うってこともあって歌ってもらったんです。

――オルケスタ・デ・ラ・エスペランサのアルバムに収録された「忘れないと誓ったぼくがいた」(2015年5月録音/9月発売)という楽曲のことですね。小田さんは、このとき三枝さんの曲をはじめて歌われたわけですが、どんな印象をもたれたか覚えていらっしゃいますか?

小田:作曲ってピアノと一緒で手癖があるじゃないですか、それが共感できる癖というか。歌に関しても特別難しいことはないけど、歌いやすいかといえばそうじゃないところもあって、でもとてもしっくりくる。そうだよねという感じがすごいあった上で、ちょっと新しい景色が見える感じがしたのが、とても新鮮で。良かったなと思った記憶があります。

――小田さんの方でも手応えがあったわけですね。でも他のミュージシャンを加えずにデュオでやることにしたのは何故なのですか?

三枝:僕は3月生まれなんですけど、2015年の3月にピアノソロのライヴをやってみたんですよ。でも、実際にやってみたらソロピアノをする時期じゃないなと思ったので、翌年は後半だけ誰かにゲストに入ってもらおうと。それで2016年3月のライヴは小田さんに声をかけたんです。そしたらデュオのほうが全然面白くて(笑)。ソロライヴはその後しばらくやってないんですけど、デュオは定期的にやり始めたんですね。

実は、エスペランサのレコ発ライヴ(2015年9月25日)の打ち上げのとき既に、制作サイドのほうから「小田さんで一枚作りたい」っていう話があったんですよ。その話が進んだときに僕と小田さんのライヴも継続してやっていたんで「じゃあ、デュオで」っていう話になったんだと思います。今回、A&Rディレクターを務めてくださっている三ヶ田美智子さんが熱心に推してくれたということもあるし、僕がOTTAVA recordsから一枚だしてるので関連として聴いてもらえるんじゃないかという理由もあったかと思うんですけどね。

▼デュオ結成

――デュオのライヴを始めた頃は、どんな曲を歌われていたんでしょう?

小田:一番最初は、今回のアルバムにも収録されている「歌っていいですか」[トラック2](詩:谷川俊太郎)という曲ですね。

三枝:「歌っていいですか」っていう曲自体はもう随分前に作っていたんですけど、なかなか歌える人がいないという感じで。もしかしたらデュオでやる前だったかもしれないですけど、セッションみたいな5人くらいのライヴに、小田さんをゲストでお呼びしたんですね。何の気なしに小田さんヴォーカリストだから歌ってくれるかなと思って持ってったらすごく良かったんですよ。

――「歌っていいですか」は小田さんに、あてがきした曲だと思っていたので驚きです!?

三枝:まさに、あてがきされているように歌ってくださったのですごく良くて。歌う上でネックになるのは、音域がかなり広いということと、ハーモニーの感じがかなり想像できる方じゃないと難しいんですよ。それが両方とも小田さんはすごく簡単にできてしまう……っていうと、あれかもしれないけど。

小田:そもそも三枝さんの曲は、手癖みたいなのがしっくりくるっていうのがあって。あてがきされたんじゃないけど、歌ってみて「私の曲かな?」と思ったぐらい(笑)。この曲を最初に渡された時に、歌うことと語りかけるみたいな感じが一体になった感じで、ことさらに歌うって言う意識じゃなくても、呼吸の中で歌える感じだと思ったんですね。だから凄く良いなと思っていて。この曲がきっかけとなって、三枝さんが曲を持って来てくれるようになりデュオのレパートリーが少しずつ増えていったという感じでしたよね。

三枝:その時に、もしかしたら「B for Brazil」[トラック9]とかもやったかもしれないね。

――「B for Brazil」は歌詞のないスキャットによる音楽ですが、これはどのように作られた楽曲なのでしょう?

三枝:一番最初は友人がやっているグループのために書いたんですよ。でも、それがあまり上手くいかなくて。だから自分のストックとしては持っていたんだけど、どういうアプローチでやるのが良いのか、いまいちしっくりこないままだったんです。けれど小田さんとやるとき、「小田さんのスキャットがすごく面白いから、すごくテンポを上げてやってみよう!」ってなったんじゃなかったかな。もともと、あんなに早い曲じゃないんですよ。

小田:そうなんだ(笑)。

――小田さんも知らなかったんですか!?(笑)

三枝:これだったら面白いかもという感じで、それから結構頻繁にやるようになりました。

▼アルバム全曲解説

――他の楽曲についてもお話をうかがわせてください。まずは今回のアルバムタイトルにもなっている「わたしが一番きれいだったとき」[トラック1]について。この茨木のり子さんによる詩は教科書にも掲載されている大変有名なものですが、どうして選ばれたのでしょう?

三枝:僕はそれほど詩を読んで来たわけではなかったので、体系的な知識というのもそんなになく、とりあえず目に付いたものをひたすら読んでいくみたいな感じで。この詩のことも、すごい有名な詩ですから知ってはいたんですけれども、ふと改めて目にとまった時にこれは曲になるかもなと思ったんです。

ただ女性の詩なので僕がうまく曲をつけること出来るかなと思って、ちょっとほっといたんですよ。でも、いよいよ曲を書かなきゃならないってなって、これでやってみようと思って作ったんですね。そんな感じなので最初からこれがタイトルチューンになるっていうのはあんまり思ってなかったんですけど、出来上がってみると自分としてはよく出来たんじゃないかなと思います。

でも、出来上がった後に、はキー(調、歌の高さ)を決めるのに結構僕は迷ったんですよ。小田さんはキーのことを全然気にしないので。

小田:そう!良くも悪くも気にしないんです。

――歌い手としては珍しいタイプですよね(笑)

三枝:小田さんは全然気にしてないなということに途中から気付いて(笑)。小田さんはどのキーでも歌えるんですけど、音楽としては半音違うとニュアンスがかなり違ってくるんですよ。この曲にとっては、どのキーが一番ニュアンスとしてしっくりくるか?……みたいなのを結構試したよね。3回くらいキーを変えて、ご迷惑をおかけしました。

小田:全然、全然(笑)。本当は歌の人ってキーを結構気にするじゃないですか。それがやっぱり歌手としての正しいか在り方だと思うんですけど(笑)、でも私はどっちかっていうと作曲家寄りのところがあるので、そのキーの色合いの方が大事だって思っているんです。

わたしが一番きれいだったときの「わたし」って言った時に、もう既にキーの設定で若干、年齢設定じゃないけど変わってくるし、やっぱりその調性のもつ色合いってありますよね? それに自分がどう合わせられるかと考えているんですよね。

三枝:あと結構、小田さんはキャラ設定みたいなことをよく言うんですよね。

小田:キャラ設定といっても、じゃあ「ちょっと少女っぽくやろうか」とか「大人っぽくやろうか」とか、そういうことを考えてるんじゃなくって。高い声でこういう声の出し方をしてると自分が幼くなっていくっていうか、音楽の方からアプローチがあるんです。だから結局は音楽自体とか歌い方とか音域とか、色んなことに左右されて自分がそっちに寄っていってる。

――トラック2は既に語っていただいたので、続いては「一日」[トラック3]ですが、これは「歌っていいですか」と同じ谷川俊太郎さんの詩ですね。

三枝:谷川さんでもう一曲つくりたいなと思っていたんです。「歌っていいですか」はすごくメッセージ性が強いというか、かなり強い詩なので、それに対して淡い色の詩を探していて、「一日」という詩を読んだ時に色合いが淡い感じでいいかなと思ったんですよね。

そもそも、僕は詩の「良い読み手」ではないと思うんです。あんまり意味はよく分かってないんですけど、サウンドはすごく面白いなと思って。なんか抽象画を見ているような感じで描いたんですよね。他の曲にも言えるんですけど、はっきりと読解が出来ている自信はないんです。音楽にするときは「色合い」とか「香り」みたいなものを重視してもいいのかなと思っています。

――小田さんもご自身のアルバムで、谷川さんの詩に曲をつけていますよね。音楽家からみると谷川さんの詩ってどんな特徴があると思われますか?

小田:俊太郎さんに関しては、何にでもなれるスライムみたいな人だなって思っています。なんでこの人は女性の気持ちがこんなに分かるんだろうと思って読んでた時もあるし、やっぱり老人としての目線もあったり。世俗的なところから離れたような宇宙観というか、すごい広いところへ連れていかれるような世界観もあるし、少年にもなれる。

俊太郎さん本人が言ってたんだっけなぁ……(人生を)年輪みたいに捉えているそうなんです。年輪って例えば真ん中が生まれた時だとすると、そこから全部積み重なってるわけじゃないですか。だから自分の現在も切り取れるし、昔のところも切り取れるっていうようなことを確かご本人がおっしゃっていた気がします。それが色んなひとに支持されている理由だと思うんですよね。男女性を超えてるようなところもそれぞれの詩にあって、私にとっては入っていきやすい。

あとはキャッチフレーズ的にパッと入ってくるフレーズがあって……

三枝:パワーワード!

小田:そうそうパワーワードですよね、完全に。そうそう、VOICE SPACE(詩と音楽のコラボレーション集団)っていう団体を大学からやっていて、俊太郎さんがたまに応援してくださったり公演に来てくださったりしてたんですよ。私が中国の詩人で(谷川俊太郎の翻訳もしている)田原(でん・げん)さんっていう方の詩に曲をつけた時があって、その時に俊太郎さんが「詩っていうのは1行の響いてくる言葉があればいいんだ」ということをおっしゃっていたと思い出しました。

俊太郎さんが意識した1行と同じかどうかわからないんですけど、読み手にキャッチされるフレーズっていうのがあって、それにメロディをつけたくなってしまうということは、色んな作曲家とか音楽家に起こってるのかなと思っています。

――三枝さんにとってはどうでしょう。谷川さんという詩人はどんな存在ですか?

三枝:学生時代を除けば、僕がいわゆる文芸詩に初めて作曲したのが谷川さんの「歌っていいですか」なんです。曲が付けやすそうだと思って選んだんですけど、あとから考えてみると曲と詩がある程度独立してても成立するような感じがするんですよ。僕としてはそれがすごくそれが良いなと思ったんですね。

音楽の良さっていうのは意味を持たないことだと思うんですよ。言葉っていうのは意味を持つものじゃないですか。それが合体して歌になるっていうよりは、並走してるみたいな感じが僕がうたを書く時には理想だなと思っていて。意味付けは担保されたままエネルギーは同時に走ってるみたいな状態を目指したいと思っているわけです。その時に谷川さんの詩はそこにスムーズに入れる感じがしますね。

――実に興味深いお話有難う御座いました。今度は、いきなり世代が若返りまして電通の社員でありながら、映画監督でもある長久允さんの詩による「宇宙食について」[トラック4]が続きます。

三枝:もともと長久くんは高校の同級生で、彼がインディーズで撮った「フロッグ」っていう長編音楽があるんですけど、それの音楽をまだ僕が学生の頃にやったんです。その中のサウンドトラックの中の一曲が「Rain Song」[トラック8]なんですけど、そういう繋がりがもとからあって。

長久くんはいわゆる広告会社に入って、広告のやり方みたいなのを物凄い叩き込まれて、かなり作風が変わったんだと思うんです。それで去年『そうしてわたしたちはプールに金魚を、』っていう30分くらいの短編映画で、サンダンス映画祭の短編部門のグランプリを獲ったんですよ。すんごい面白い映画で、やっぱり広告やってたからだと思うんですけど、ことばの一言一言がとても変っていうか(笑)。

それとはまた別に、長久くんの企画でまだ世に出せてないプロジェクトがあって、そのプレゼンをするために20曲作ってくれって言われて20曲作り、小田さんにちょっと仮歌を歌ってくれって言って(笑)。

小田:私も20曲歌いました!(笑)

三枝:長久くんの言葉に、僕が曲を書いて、小田さんに歌ってもらうというのが、すごく面白くて。そういう絡みもあって、このデュオでも長久くんに一曲書いてもらいたいなと思って、「なんか詩とか書かないの?」って言ったら、その日のうちに送られてきて(笑)。

小田:さすが広告業界!仕事が早い!

三枝:すごい早いんですよ。でも送られて来たものがこのデュオの感じに合わないかもしれないから、ライヴの録音とか送るから聴いてみてと言ったら、その次の日にもう一個おくられてきて(笑)。それがこの「宇宙食について」なんです。

――「愛嬌」[トラック5]は、今回選ばれている詩人のなかでは一番世代が古いですね。萩原朔太郎の詩です。

三枝:古い詩であっても今の人が喋ってていてもおかしくない言葉のものをなるべく選んだつもりです。何故かというと、聴くのは今の人もしくは未来の人であって、古いものだなって思って欲しくなかったんですよね。言い回しがちょっとでも古かったりすると単純に今の日本語に聞こえないと、たぶんスムーズに歌えないと思うんですよ。もちろん小田さんは何でも歌えるでしょうけど、あくまで普段の状態となるべく地続きでいきたいので。

だから萩原朔太郎の「愛嬌」を読んだ時にこれは下ネタだよなって思って。下ネタは時を超えるわけですよ(笑)、全然古くないですよね。実際にはかなり古い詩なんだけど、例えば居酒屋さんに行って隣のおじさんがこういう内容を言っていてもおかしくないというところがすごく良いなと思って選びました。

――ここまでは三枝さんの書いた曲が続きましたが「Blanca」[トラック6]は小田さんが作曲したものですね。

小田:これは、このアルバムのために書いた曲なんです。最初にあった、なんとなくこういうことがやりたいっていうプランが「歌詞無し」で。「B for Brazil」みたいなスキャットでやりたいんだけど、もう少しデュエットじゃないけど男性的に音域の低い楽器がほしいなと思って、今回もチェロの関口(将史)くんに入ってもらいました。

あと、けだるいスキャットが欲しいなっていうのもあったんですよ。「B for Brazil」や(ライヴでレパートリーにしている)「ミロンガ・グリス」はノリノリのスキャットが楽しいんですけど、アルバムのバランスとしてはちょっとけだるいのが欲しいなと思って書きました。素直に出来た曲でしたね。

――ピアノのパートは、小田さんが書いているのでしょうか?

小田:チェロと歌に関しては楽譜に書いてあるんですけど。ピアノは書き譜ではなくて、コードだけですね。

――今度は、佐々木幹郎さんの詩による「明日」[トラック7]。震災絡みの1曲ですね。

三枝:そもそも小田さんが僕より前にこの詩で一曲作ってるんですよ。しかも、その時には佐々木さんご本人も関わってらしたんですよね。

小田:幹郎さんがアドバイザーをしてくださっている「VOICE SPACE」というグループでライブをやろうとしていたタイミングで、東日本大震災があって。どうする? いま何をやるのか?っていうときに幹郎さんが「こういう詩を書いたんだ」と私達に見せてくださったんです。これはやらなきゃ、これは音楽にしなきゃってことで、震災後2ヶ月後くらいの時点で歌にしたんですね。だから私にとってもすごい印象深い曲で。

なんかの公演で旅をしていて、海の近くで書いた記憶があるんですよね。その時の生々しいというか、わたしなりのそのときの気持ちが詰まった曲だったんです。三枝さんがこの詩に曲を付けてきたときは、ビックリしましたね。

三枝:小田さんの書いた曲はYouTubeには上がっていて、僕も聴いていたんですよ。矢野顕子さんが歌っているやつとかもあって、これは凄いなぁ。これ小田さん書いたのか……みたいな感じで聴いていたんです。

SARAVAH東京というお店に飲みに行ったとき、震災後に色んな詩人の方が集まって詩の朗読をするというイベントの書籍『ことばのポトラック』という詩集がお店に置いてあったんですね。パラパラっとめくっていたら、そこに佐々木幹郎さんの詩もあって。これはすごく良いと思って。でもその時はYouTubeで観た小田さんの曲と同じだとは思ってなかったんですよ(笑)。それで曲を書いて、小田さんに持っていったら「あれっ?」っていうから、「あ、やべっ!なんかあったかな?」って言う感じで(笑)。

――それまで気付かなかったことに驚きです(笑)。

三枝:小田さんの方は震災から間をあけずに発表された曲で、インタビューみたいなのもYouTubeにありますけど、明日をリフレインすることによって、どんどん希望が出てくるみたいな話を確かされていましたよね。曲もそういう作りになっていて、コーラスが途中から入ってきてどんどん高揚していく音楽になっている。

でも僕が曲を付けたのは去年だから、震災当時からは離れている訳ですよね。そういうこともあって見え方が違うのかなと。僕は明日、明日と繰り返していく事によって、明日の意味が変わってくるというイメージだったので。

小田:「明日」は、西村朗さんとかも曲にしていらっしゃいますが、これまた全然違う印象の曲で。わたしも違いが興味深かったですね。

――「Rain Song」[トラック8]は、先ほど一度お話にでたように、長久さんの映画のために書かれたのがオリジナルだそうですが、小田さんが作詞をされています。

小田:三枝さんの「Rain Song」をライヴでやるって事になったときに、英語の歌詞はあったみたいなんですが、日本語でやりたかったので次のライヴまでに自分で詩をつけてきたんですよ。だから作詞を入れようって特に意気込んだわけではなくて、そういうチューンがひとつあったってことです。

――トラック9は既に語っていただいたので、続いては小田さんが作曲された「El pilla-pilla(エル・ピジャ・ピジャ)」[トラック10]。こちらもスキャットによる楽曲ですね。

小田:アルバム制作が迫ってきてから書いたので、これが一番新しい曲じゃないかな。「Blanca」が既に出来ていて、三枝さんの「B for Brazil」とも違う疾走感がある曲を書きたいなと思って作曲したんですよね。この時期は裏打ちにハマっていて、それがゆっくりになってるのが「Blanca」で、「El pilla-pilla」はスカみたいな感じの伴奏になっています。

三枝:これを最初に持ってきたとき、小田さんが「こんな感じ」って弾いてくれたのが、映画『黒猫・白猫』のエミール・クストリッツァのバンド、バルカン・ブラスみたいに感じられたんですよ。でも多分ブラジルなんだよね、小田さんのイメージとしては。ちょっとバルカンぽい感じもあって。

小田:土臭さみたいなのはイメージにはありますね。

――先ほど「Blanca」のお話のなかで、小田さん楽曲でもピアノパートは書き譜ではないとおっしゃっていましたが、なるほど、まずは小田さんがこんな感じと演奏をされたりするんですね。

三枝:僕からすると、小田さん自身がすごく沢山弾いていてピアノパートにも思い入れがあるって言う楽曲ではなく、小田さんとしても出来たばっかりの曲だから僕が弾いてもいいのかな?という感じです。

小田:私は自分でピアノを弾いちゃうことが多かったから、最初から人にピアノパートを投げるってことが珍しくて、とても新鮮でした。イメージと違ったけどそれで温めていきたいっていうか、自分が思っている方向が全てじゃないっていう思いもあるので。

――「北へ」(詩:三角みづ紀)[トラック11]は小田さんの楽曲で、既に自身のセカンド・アルバム『グッバイブルー』にも一度収録されている楽曲で、今回のアルバムに収録された小田さん作曲としては唯一の歌詞あり楽曲ですね。

小田:先日も三枝さんとの別の取材のなかで話題になったんですけど、詩に関して純粋な読み方を出来ないんですよ。曲になるかな?という不純な目でみてしまうところがあるんです(笑)。特に、読んだ時にメロディが浮かんだという感覚はなるべく大切にしようと思っていて、全体でいうとどうなるのか全然わからないんですけど、メロディが浮かんだというのはひとつの運命的なものがあるから大切にしようって思っています。

三角さんの『隣人のいない部屋』という詩集をパラパラとめくった時に、この「北へ」は「陣痛かもしれない」と「あの港町までつれていってください」というフレーズに対してメロディがすぐ浮かんできたんです。曲にしたら三角さんにもいいよと言って頂けて。

――「陣痛かもしれない」というフレーズと共に、イントロから登場するピアノと口笛によるユニゾンも非常に印象的です。

小田:口笛とピアノのメロディを一緒に弾くことにその時ハマっていたんですよ。色んな人がやってますけど、最初に聴いたのはティグラン(・ハマシアン)かな?

あ、セカンドアルバムを出したときにリスナーの方から指摘されたんですけど「陣痛は、かもしれない……なんてほどの痛みじゃない!そんな程度じゃない!」って(笑)。一大事なのに「陣痛かもしれない」って言っちゃってる。それって詩だからできるっていうか、言葉だからそういうこと言えちゃうわけじゃないですか。「すかす」って言うか、「ふわっとしちゃってる」って言うところと口笛があうかなと思っていたので入れましたね。

――アルバムのラストを飾るのは、三枝さんが作詞・作曲された「足跡(あしあと)」[トラック12]という楽曲です。

三枝:以前から自分で言葉を扱った作品を作りたかったんですよ。もともとエスペランサを始めた時もピアソラの『ブエノスアイレスのマリア』(タンゴによるオペレッタ)みたいなことをやりたいなっていうのがあったんですよね。エスペランサのアルバムに入っている組曲『希望の季節』っていうのも、元々は語りをいれる想定で作ってたんですよ。だけどちょっと既成のもので良いテキストも見つからなかったし、トライはしてみたんだけど、自分で納得出来るようなテキストを書ける訳でもなかったので挫折……じゃないけど、音楽だけの作品にしたわけですね。その頃から言葉を扱った作品を作りたいという思いがずっとあったんですよ。

今回、折角アルバムを作るわけですし、一曲分くらいだったらなんとか出来るんじゃないかなと思って。ひとつのチャレンジとしてやってみようという感じですね。初めてだったのでポップスみたいな形でつくろうとおもって。Aメロ、Bメロ、サビ……みたいな割と形式がちゃんとある感じで、しかも1番と2番を全部対にすれば書く労力が半分になるんじゃないかなと……

一同:(笑)

三枝:たとえば1番で朝って書いてあったら、2番は夜にしようとか。そうするとかなり負担が減るんじゃないかと(笑)。曲も結果として割とポップな構成になって、ちょっと長くなっちゃったんですけどね。

――この曲はエンディングの長い余韻が、とりわけ印象に残りました。

三枝:エンディングについては、曲を書いた時点ではそこまで決めてないんですよ。そもそも、このデュオのために書いてる曲は基本的にメロディとコードしか付けていないので。ライヴでやってるときになんとなくこういう風になっていったという感じですね。

最後にペダルを踏みっぱなしにするっていうのは、録音する日に三鷹のホールの響きが良かったんで、そうしたんですよね。弾いていたらそうなったっていう感じ。あと、この曲の前だけ曲間をかなり長くしてるんですよ。あとは全部5秒で来てるんだけど、ここだけ7秒か8秒にしてて、おまけのような、ちょっとボーナストラック的な感じにしています。

▼このアルバムは、どんなジャンルに属する音楽なのか?

――さて、ここまで色々な角度から今回のアルバムについて伺ってきたんですが、ひとつ避けては通れないことを伺わせてください。おふたりは、それぞれ個人の活動を含めて、自分がやっている音楽ジャンルが何かということを意識されたりしていますか?

三枝:小田さんはプロジェクトによっては、明確にジャンルは意識しているよね。

小田:私はそうですね。デビューアルバムの『シャーマン狩り』のときは本当なんも考えてなかった言うのはあるんだけど、プロジェクトによっては考えていますね。それこそ昨日もライヴだったけど、(二代目)高橋竹山さんという三味線の方とやるとき、実際にライヴに来てくれるお客さんの層はある程度固定されているんです。その中でそういう年齢の人達に聴いてもらう曲を選んでやるという意識はもちろんあります。

ただ「ピアノと歌」をどう捉えるかっていうのは、結構わたしのなかでも難しくて……。ピアノ弾き語りは自分にとって自然なスタイルではあるのですが、そのスタイルに対する抵抗もあって、ちょっと離れたかったというのもあるんですよ。

CRCK/LCKSでは弾き語りしてるけど、あれはバンドなので意味合いが違うものになってて。今回のデュオでもピアノから離れられるっていうか、完全に歌に徹してるってこともあって、同じ「ピアノと歌」でも意味合いが変わってくる。「ピアノと歌」って、すごくシンプルで、だからこそクラシカルにもとらえられるし、ポップにもなり得るし、可能性の詰まった編成ですよね。

今回のアルバムに関して言えば、曲の構成とか、ダイナミクスレンジとかからもクラシカルだなと。曲の展開もAメロ、Bメロ、サビとかではないし……。部分部分の印象はすごくポップだと思っているんですけど、それを通して聴いたときには、また違う景色が見れるところに連れて行ってくれるっていうこともあって、展開の付け方ということで言えばクラシカルだなと思っています。もちろん、ポップスとして聴いて欲しいという気持ちはすごくあるんですけどね。

――三枝さんは、このジャンルの問題ってどう捉えてますか?

三枝:僕は、なんかアホで(笑)。今回、良いものが出来たなあと思っていたら、「これは結構聴き手を選ぶよね……」みたいな話になって、「え?そうなの?」って思ったぐらい(笑)。

でもエスペランサの時もそうだったけど、自分が好きなバーでかけて欲しくてCDをお渡しするんだけど、ダイナミクスレンジが広すぎるのかBGMとしては聞きづらくて、1~2度しかかけてもらえない。「バーでかけられない問題」と自分で名付けてるんですけれども。音楽としてはジャンルのフォーマットを外しにかかってるけど、それがかえってジレンマにもなってる。

小田:「バーでかけられない問題」あるよね(笑)。私がポップスだと思ってやっているCRCK/LCKSも完全にポップスのフォーマットに寄れてるかというとそうでもないんですけど、自分がそのジャンルの中でやってますと言って、そこに集まってきてくれた人が「あ、小田さんてこういうこともやってるんだ」と、今回のデュオとか色んな活動に繋がってくれればいいなって思っているところはありますね。

三枝:期待をいい感じに裏切るみたいな。太陽と北風みたいな。アメとムチみたいな……あ、違うね(笑)。

――(笑)。今回演奏されている楽曲は基本的にメロディとコードしかつけてないと先ほどおっしゃられていましたが、他の歌い手やピアニストが楽曲をカバーされることをご本人たちはどのくらい想定されていますか?

三枝:僕は是非歌って欲しいなって思うけど、難易度は高めかな。伴奏パートを楽譜にするのは歌ってくださる方が勝手にやればいいと思っているんですが、もちろん機会があればきちんとした譜面にした方が広がるのであれば、それはそれでもちろん素晴らしいと思うんですけど。有名な詩のものもあるし、そんなにパーソナルな音楽でもないと思うので是非色んな方が歌ってくださればものすごく良いなと思いますね。

小田:自分の名前が残らなくても、この一節が残ってくれると嬉しい……みたいなことを、2年前の『ラティーナ』の時(挾間美帆を交えた鼎談)も言ってたよね。

――今回、インタビューさせていただいた中で(記事には出来ない部分も含めて)、おふたりが互いの発言に驚いたり、発見があったりしていたのも面白かったです。

三枝:実は、そんなに内状を喋らないでやってるので。

小田:避けてるわけじゃないけど、あんまりコミュニケーションをとらないんです。ライヴでもプライベートの話をしなかったり、終わって飲むとかも敢えてあんまりしてないっていう。

三枝:そういう風にやってみようと思って。なにが良いかっていうと、ライヴのMCが面白いんですよ。MCの時に初めてわかることがいっぱいあるのが面白い。でもこういう機会(インタビュー)があると小田さんの話、面白いですね。

小田:三枝さんの話こそ面白いですよ(笑)。

Short version

――そもそもおふたりは、どういうきっかけで共演するようになったのでしょう?

三枝:小田さんのファーストアルバム『シャーマン狩り』が出たときに、渋谷のサラヴァ東京でやったレコ発ライヴを観に行ったんです。友人のヴァイオリニスト吉田篤貴くんが弦のトップをやってたんで、紹介してよってお願いしたのが出会いですね。そのあと、いつかお仕事頼みたいなとは思っていて、映画『忘れないと誓ったぼくがいた』(2015年3月28日公開)のサントラを録音したときに、是非歌ってほしいと思ってお願いしたんです。

小田:それが最初だったんですねぇ。

三枝:多分。

――(笑)。そのサントラの収録は、どんな感じだったんですか?

三枝:その時は、深夜に0時から5時まで吉祥寺のスタジオに来てもらって……

小田:深夜だったね!そうだ、そうだ。

三枝:そのスタジオはスタジオの中にビールサーバーがあるんですよ。朝ビール呑んで、帰る人は帰り、仕事に行く人は仕事にいくみたいな(笑)。録音したけど映画の中では使われてないものもあるんですが、結構歌ってもらって。それが、あまりにもすごくよく録れて、映画の関係者にも音楽の評判がすごく良かった。そこで、僕がやってるバンドの録音をとるっていうときにも、アルバムのコンセプトにもかなり合うってこともあって歌ってもらったんです。

――Orquesta de la Esperanza(オルケスタ・デ・ラ・エスペランサ)のアルバムに収録された「忘れないと誓ったぼくがいた」(2015年5月録音/9月発売)という楽曲のことですね。でも何故、デュオでやることにされたんですか?

三枝:僕は3月生まれなんですけど、2015年の3月にピアノソロのライヴをやってみたんですよ。でも、実際にやってみたらソロピアノをする時期じゃないなと思ったので、翌年は後半だけ誰かにゲストに入ってもらおうと。それで2016年3月のライヴは小田さんに声をかけたんです。そしたらデュオのほうが全然面白くて(笑)。ソロライヴはその後しばらくやってないんですけど、デュオは定期的にやり始めたんですね。

実は、エスペランサのレコ発ライヴ(2015年9月25日)の打ち上げのとき既に、制作サイドのほうから「小田さんで一枚作りたい」っていう話があったんですよ。その話が進んだときに僕と小田さんのライヴも継続してやっていたんで「じゃあ、デュオで」っていう話になったんだと思います。今回、A&Rディレクターを務めてくださっている三ヶ田美智子さんが熱心に推してくれたということもあるし、僕がOTTAVA recordsから一枚だしてるので関連として聴いてもらえるんじゃないかという理由もあったかと思うんですけどね。

――デュオのライヴを始めた頃は、どんな曲を歌われていたんですか?

小田:一番最初は、今回のアルバムにも収録されている「歌っていいですか」(詩:谷川俊太郎)という曲ですね。

三枝:「歌っていいですか」っていう曲自体はもう随分前に作っていたんですけど、なかなか歌える人がいないという感じで。もしかしたらデュオでやる前だったかもしれないですけど、セッションみたいな5人くらいのライヴに、小田さんをゲストでお呼びしたんですね。何の気なしに小田さんヴォーカリストだから歌ってくれるかなと思って持ってったらすごく良かったんですよ。

――「歌っていいですか」は小田さんに、あてがきした曲だと思っていたので驚きです!?

三枝:まさに、あてがきされているように歌ってくださったのですごく良くて。歌う上でネックになるのは、音域がかなり広いということと、ハーモニーの感じがかなり想像できる方じゃないと難しいんですよ。それが両方とも小田さんはすごく簡単にできてしまう……っていうと、あれかもしれないけど。

小田:そもそも三枝さんの曲は、手癖みたいなのがしっくりくるっていうのがあって。あてがきされたんじゃないけど、歌ってみて「私の曲かな?」と思ったぐらい(笑)。この曲を最初に渡された時に、歌うことと語りかけるみたいな感じが一体になった感じで、ことさらに歌うって言う意識じゃなくても、呼吸の中で歌える感じだと思ったんですね。だから凄く良いなと思っていて。この曲がきっかけとなって、三枝さんが曲を持って来てくれるようになりデュオのレパートリーが少しずつ増えていったという感じでしたね。

――今回のアルバムタイトルにもなっている「わたしが一番きれいだったとき」は教科書にも掲載されているような大変有名なものですが、どうしてこの詩を選ばれたのでしょう?

三枝:僕はそれほど詩を読んで来たわけではなかったので、体系的な知識というのもそんなになく、とりあえず目に付いたものをひたすら読んでいくみたいな感じで。この詩のことも、すごい有名な詩ですから知ってはいたんですけれども、ふと改めて目にとまった時にこれは曲になるかもなと思ったんです。

ただ女性の詩なので僕がうまく曲をつけること出来るかなと思って、ちょっとほっといたんですよ。でも、いよいよ曲を書かなきゃならないってなって、これでやってみようと思って作ったんですね。そんな感じなので最初からこれがタイトルチューンになるっていうのはあんまり思ってなかったんですけど、出来上がってみると自分としてはよく出来たんじゃないかなと思います。

でも、出来上がった後に、はキー(調、歌の高さ)を決めるのに結構僕は迷ったんですよ。小田さんはキーのことを全然気にしないので。

小田:そう!良くも悪くも気にしないんです。

――歌い手としては珍しいタイプですよね(笑)

三枝:小田さんは全然気にしてないなということに途中から気付いて(笑)。小田さんはどのキーでも歌えるんですけど、音楽としては半音違うとニュアンスがかなり違ってくるんですよ。この曲にとっては、どのキーが一番ニュアンスとしてしっくりくるか?……みたいなのを結構試したよね。3回くらいキーを変えて、ご迷惑をおかけしました。

小田:全然、全然(笑)。本当は歌の人ってキーを結構気にするじゃないですか。それがやっぱり歌手としての正しいか在り方だと思うんですけど(笑)、でも私はどっちかっていうと作曲家寄りのところがあるので、そのキーの色合いの方が大事だって思っているんです。

わたしが一番きれいだったときの「わたし」って言った時に、もう既にキーの設定で若干、年齢設定じゃないけど変わってくるし、やっぱりその調性のもつ色合いってありますよね? それに自分がどう合わせられるかと考えているんですよね。

三枝:あと結構、小田さんはキャラ設定みたいなことをよく言うんですよね。

小田:キャラ設定といっても、じゃあ「ちょっと少女っぽくやろうか」とか「大人っぽくやろうか」とか、そういうことを考えてるんじゃなくって。高い声でこういう声の出しかたをしてると自分が幼くなっていくっていうか、音楽の方からアプローチがあるんです。だから結局は音楽自体とか歌い方とか音域とか、色んなことに左右されて自分がそっちに寄っていってる。

――選ばれている詩人の顔ぶれを年代順にみていくと、物故者の萩原朔太郎(1886-1942)や茨木のり子(1926-2006)、存命している大御所の谷川 俊太郎(1931- )や佐々木 幹郎(1947- )と来て、あとは1980年代生まれの若い世代となっていますね。チョイスに世代的な開きがあるのが面白いです。

三枝:古い詩であっても今の人が喋ってていてもおかしくない言葉のものをなるべく選んだつもりです。何故かというと、聴くのは今の人もしくは未来の人であって、古いものだなって思って欲しくなかったんですよね。言い回しがちょっとでも古かったりすると単純に今の日本語に聞こえないと、たぶんスムーズに歌えないと思うんですよ。もちろん小田さんは何でも歌えるでしょうけど、あくまで普段の状態となるべく地続きでいきたいので。

例えば、萩原朔太郎の「愛憐」(トラック5)を読んだ時にこれは下ネタだよなって思って。下ネタは時を超えるわけですよ(笑)、全然古くないですよね。実際にはかなり古い詩なんだけど、例えば居酒屋さんに行って隣のおじさんがこういう内容を言っていてもおかしくないというところがすごく良いなと思って選びました。

――若い世代としては、詩人の三角みづ紀や映画監督の長久允の詩と並んで、三枝さん、小田さんが作詞された楽曲が入っていることに驚きました。

小田:三枝さんの「Rain Song」をライヴでやるって事になったときに、英語の歌詞はあったみたいなんですが、日本語でやりたかったので次のライヴまでに自分で詩をつけてきたんですよ。だから作詞を入れようって特に意気込んだわけではなくて、そういうチューンがひとつあったってことです。

三枝さんの方は、まず歌詞がついてない曲があって「今回は自分で詩をつけてみようと思うんだ」みたいなことを三枝さんがおっしゃってたから、それは楽しみだなと私も思っていました。

――アルバムのラストに収録された「足跡(あしあと)」という楽曲ですね。

小田:あれは、どういう感じで作ろうと思ったんですか?

三枝:以前から自分で言葉を扱った作品を作りたかったんですよ。もともとエスペランサを始めた時もピアソラの『ブエノスアイレスのマリア』(タンゴによるオペレッタ)みたいなことをやりたいなっていうのがあったんですよね。エスペランサのアルバムに入っている組曲『希望の季節』っていうのも、元々は語りをいれる想定で作ってたんですよ。だけどちょっと既成のもので良いテキストも見つからなかったし、トライはしてみたんだけど、自分で納得出来るようなテキストを書ける訳でもなかったので挫折……じゃないけど、音楽だけの作品にしたわけですね。その頃から言葉を扱った作品を作りたいという思いがずっとあったんですよ。

今回、折角アルバムをつくるわけですし、一曲分くらいだったらなんとか出来るんじゃないかなと思って。ひとつのチャレンジとしてやってみようという感じですね。初めてだったのでポップスみたいな形でつくろうとおもって。Aメロ、Bメロ、サビ……みたいな割と形式がちゃんとある感じで、しかも1番と2番を全部対にすれば書く労力が半分になるんじゃないかなと……

一同:(笑)

三枝:たとえば1番で朝って書いてあったら、2番は夜にしようとか。そうするとかなり負担が減るんじゃないかと(笑)。曲も結果として割とポップな構成になって、ちょっと長くなっちゃったんですけどね。

――この曲はエンディングの長い余韻が、とりわけ印象に残りました。

三枝:エンディングについては、曲を書いた時点ではそこまで決めてないんですよ。そもそも、このデュオのために書いてる曲は基本的にメロディとコードしかつけてないので。ライヴでやってるときになんとなくこういう風になっていったという感じですね。

最後にペダルを踏みっぱなしにするっていうのは、録音する日に三鷹のホールの響きが良かったんで、そうしたんですよね。弾いていたらそうなったっていう感じ。あと、この曲の前だけ曲間をかなり長くしてるんですよ。あとは全部5秒で来てるんだけど、ここだけ7秒か8秒にしてて、おまけのような、ちょっとボーナストラック的な感じにしています。

――さて、ここまで色々な角度から今回のアルバムについて伺ってきたんですが、ひとつ避けては通れないことを伺わせてください。おふたりは、それぞれ個人の活動を含めて、自分がやっている音楽ジャンルが何かということを意識されたりしていますか?

三枝:小田さんはプロジェクトによっては、明確にジャンルは意識しているよね。

小田:私はそうですね。デビューアルバムの『シャーマン狩り』のときは本当なんも考えてなかったという言うのはあるんだけど、プロジェクトによっては考えていますね。それこそ昨日もライヴだったけど、(二代目)高橋竹山さんという三味線の方とやるとき、実際にライヴに来てくれるお客さんの層はある程度固定されているんです。その中でそういう年齢の人達に聴いてもらう曲を選んでやるという意識はもちろんあります。

ただ「ピアノと歌」をどう捉えるかっていうのは、結構わたしのなかでも難しくて……。ピアノ弾き語りは自分にとって自然なスタイルではあるのですが、そのスタイルに対する抵抗もあって、ちょっと離れたかったというのもあるんですよ。

CRCK/LCKSでは弾き語りしてるけど、あれはバンドなので意味合いが違うものになってて。今回のデュオでもピアノから離れられるっていうか、完全に歌に徹してるってこともあって、同じ「ピアノと歌」でも意味合いが変わってくる。「ピアノと歌」って、すごくシンプルで、だからこそクラシカルにもとらえられるし、ポップにもなり得るし、可能性の詰まった編成ですよね。

今回のアルバムに関して言えば、曲の構成とか、ダイナミクスレンジとかからもクラシカルだなと。曲の展開もAメロ、Bメロ、サビとかではないし……。部分部分の印象はすごくポップだと思っているんですけど、それを通して聴いたときには、また違う景色が見れるところに連れて行ってくれるっていうこともあって、展開の付け方ということで言えばクラシカルだなと思っています。もちろん、ポップスとして聴いて欲しいという気持ちはすごくあるんですけどね。

――三枝さんは、このジャンルの問題ってどう捉えてますか?

三枝:僕は、なんかアホで(笑)。今回、良いものが出来たなあと思っていたら、「これは結構聴き手を選ぶよね……」みたいな話になって、「え?そうなの?」って思ったぐらい(笑)。

でもエスペランサの時もそうだったけど、自分が好きなバーでかけて欲しくてCDをお渡しするんだけど、ダイナミクスレンジが広すぎるのかBGMとしては聞きづらくて、1~2度しかかけてもらえない。「バーでかけられない問題」と自分で名付けてるんですけれども。音楽としてはジャンルのフォーマットを外しにかかってるけど、それがかえってジレンマにもなってる。

小田:「バーでかけられない問題」あるよね(笑)。私がポップスだと思ってやっているCRCK/LCKSも完全にポップスのフォーマットに寄れてるかというとそうでもないんですけど、自分がそのジャンルの中でやってますと言って、そこに集まってきてくれた人が「あ、小田さんてこういうこともやってるんだ」と、今回のデュオとか色んな活動に繋がってくれればいいなって思っているところはありますね。

三枝:期待をいい感じに裏切るみたいな。太陽と北風みたいな。アメとムチみたいな……あ、違うね(笑)。

――(笑)。今回、インタビューさせていただいた中で(記事には出来ない部分も含めて)、おふたりが互いの発言に驚いたり、発見があったりしていたのも面白かったです。

三枝:実は、そんなに内状を喋らないでやってるので。

小田:避けてるわけじゃないけど、あんまりコミュニケーションをとらないんです。ライヴでもプライベートの話をしなかったり、終わって飲むとかも敢えてあんまりしてないっていう。

三枝:そういう風にやってみようと思って。なにが良いかっていうと、ライヴのMCが面白いんですよ。MCの時に初めてわかることがいっぱいあるのが面白い。でもこういう機会(インタビュー)があると小田さんの話、面白いですね。

小田:三枝さんの話こそ面白いですよ(笑)。

CD&ダウンロード情報

『わたしが一番きれいだったとき:When I was young and so beautiful』
 http://synthax.jp/RPR/when_i_was_young_and_so_beautiful.html

収録曲
1. わたしが一番きれいだったとき[作詞:茨木のり子]
2. 歌っていいですか[作詞:谷川俊太郎]
3. 一日(いちにち)[作詞:谷川俊太郎]
4. 宇宙食について[作詞:長久允]
5. 愛憐(あいれん)[作詞:萩原朔太郎]
6. Blanca(ブランカ)
7. 明日(あした)[作詞:佐々木幹郎]
8. Rain Song(レイン・ソング)[作詞:小田朋美]
9. B for Brazil(ビー・フォー・ブラジル)
10. El pilla-pilla(エル・ピジャ・ピジャ)
11. 北へ[作詞:三角みづ紀]
12. 足跡(あしあと)[作詞:三枝伸太郎]

作曲:1.2.3.4.5.7.8.9.12 三枝伸太郎/6.10.11 小田朋美

演奏:三枝伸太郎(ピアノ) /小田朋美(ヴォーカル)/関口将史(チェロ) #6.10.11

収録日時:2017年 10月 5, 6日

収録場所:三鷹市芸術文化センター 風のホール

録音・ミックス・編集・マスタリング:Mick Sawaguchi(沢口音楽工房)

録音フォーマット:PCM 192kHz / 32bit (Float)

ライヴ情報

※終了いたしました。
ZOU-NO-HANA Special Concert 海辺の音楽会 vol.2
『わたしが一番きれいだったとき:When I was young and so beautiful』

 http://www.zounohana.com/schedule/detail.php?article_id=850

日時:2018年4月21日(土) 開場19:30 / 開演20:00

出演:三枝伸太郎(ピアノ) /小田朋美(ヴォーカル)/関口将史(チェロ)

会場:象の鼻テラス

対象:予約 3,000円/当日 3,500円

申込:info@apollo2013.com
⇒公演日、お名前、予約人数を明記のうえ上記までご連絡ください。後ほど、こちらから確認のメールをお送り致します。

お問い合わせ
阿部 淳(APOLLO SOUNDS)
junabe@apollo2013.com/090-3912-2241(※ご不明な点はこちらまでご連絡ください)

主催:象の鼻テラス、APOLLO SOUNDS

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